許すということ

私にはどうしても許せないと
思っていた人間が1人いました。
もう20年くらい前のことです。

今日はそんな感情について書きます。
昨日ふと思い出した。

誰だって
怒りを抱えたまま生きていくのは
しんどいんじゃないかと思う。
私はそうだった。

許したほうが自分は楽になる。
だから許せる理由探しをした。
それにしても
自分の感情の落とし所がなかった。

だから
「もう許さない」と決めた、時があった。
「許さない自分」を許した、時があった。

もうその人は自分とは違う宇宙の生き物であり
もし目の前に現れても
私はその人を人間として認識することはない。

そう決めた時、
すごく楽になった。

今、そこから長い時間が経って
さすがにその頃のことを思い出すこともなく。

でも、昨日の昼間に
ふと湧き上がってきた。

「あの時、彼女はどんな気持ちだったのだろう?」と。

宇宙の果てに放り投げたものが
戻ってきて、解凍された。

故意に傷つけようとしたわけではない。
どうにもならなかったんだ。

頭の中ではずっとわかっていたことが
自分の想いとして腑に落ちた。

許すとか、許さないとか
そういう次元ではなく
どうでもよくなっていたことを
完全に消去していた自分に気づいた。

大抵のことは、時間が解決したり
時間とともに薄れるけれど、
「もう一度その出来事が起こってもいい」
そう思えるかどうかが
本当の意味での許し、らしいです。
(ここは受け売り)

うーん、どうかな?笑
今の自分だったら
と、思ったけれど、
そもそも、今の自分に
それは起こらないなと思ったところで
おなかが減ったので
朝ごはんつくりにいきます。

今日はひたすらギターを弾く日。

昨日は7年ぶりにライトアップみられた。素敵だった。